自分で居る

 

2022年1月現在、42歳の私は3つ年上の夫と12歳の息子と10歳の娘との4人暮らしだ。

ごく普通の、というのか、4人家族でこの家族内で私は、「母」というアイデンティティを軸にしている。

まあ、母といってもまったくしっかりしていないで、
忘れっぽいわ、疲れやすいわ、掃除は下手だわ、物は無くすわ、スケジュールは飛ばすわで。

息子にいつも「ふぁーふぁ、しっかりしろよ!」(ふぁーふぁは私の3つくらいあるうちのあだなのひとつ)
と、言われている。

徒歩10分ほどのところに、70代になったばかりの私の両親が住んでいる。

2年前に当時下関に住んでいた親を、東京郊外のこの
もはやニューでも何でもないニュータウンに呼び寄せた。

両親は二人とも大阪生まれの大阪育ち。
私も兄も大阪で生まれ育ち、途中から神戸に引越した。

生粋の関西人の二人を、最初に東京に呼び寄せたのは、
息子が生まれて1年たった11年前。
慣れない育児(息子はものすごくよく泣いて元気いっぱい手がかかる赤様だった)と
仕事(当時からフリーランスで翻訳やライティングの仕事をしていた)で疲労がたまり
毎月39度の熱をだして倒れていた私が根を上げて、
というか夫が見かねて、当時倉敷に住んでいた両親を呼んで一緒に住もうと言ってくれたのだ。

と、ここまで書いていて、両親はまったく定まらずに暮らしている流れ人のようだが、実際にそうだ。

大阪で生まれる→大阪で育つ→大阪で結婚・出産→神戸→倉敷→東京(1回目)→下関(3年間)→東京(現在)
という感じで移動しつづけている。

まあ、それぞれに移動の理由はあるのだが、後半の移動には私の家族との同居や近居も含まれるから
半分は私の責任でもある。

長くなったが親が近くにいるということで、
私は「娘」の自分を結構意識する時間が多い。
自分の子育てを両親に手伝ってもらっていることも多分にあるし、(特に娘はおばあちゃんっ子だ)
高齢になってきた両親に娘としてできることはあるだろうかと、日々、心を漂わせている

(特にえらいことはできてないので漂わせているだけ)。

母であることも忙しいし、
娘であることも忙しい。
物理的にも心理的にも、1日の7割はこのどちらかの自分でいる。

ただ、そうはいっても
私はやはり私という人間をちゃんと歩かせていかないといけないわけで。
これをおろそかにすることはやっぱりできない。

母と娘と私。

この3つの自分をなんとか正常に起動しつづけるために、
ここに記していくのだ。

どれも大切な自分。どの自分にもちゃんとささやかな光を当てていく必要があるからだ。
どんな自分にも、発する思いがあるからだ。